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研究者からプログラマーを目指すかみざとのプロフィール

プロフィール まず読んでほしい

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はじめまして。

神里よしとです。

 

ぼくのブログをお読みいただきありがとうございます。

 

この記事では、少しだけぼくのことについてお話しさせていただきます。

よかったらお読みください。

 

 

自己紹介

まずは、ぼくの自己紹介からさせていただきます。

 

名前:神里 よしと

生年月日:1987年4月10日

出身:沖縄

年齢:29歳

身長:157cm

趣味:フットサル、読書、料理、絵

ビジネス: プログラミング講座、転職コンサル、ブログ

 

ぼくは沖縄の名護というど田舎で育ちました。

名護の海はこんな感じで、いつも帰省するたびに癒されています。

 

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そんな自然が豊かな沖縄で育ったぼくですが、中身だけではなく、顔が濃い、色が黒い、身長が低い、毛深いと、外見も沖縄人の特徴を完璧に揃えています。

 

今の仕事

ぼくは現在、本業として研究職をしている傍ら、初心者向けプログラミング講座とブログを運営を通し、副収入を得ようと日々奮闘しています。

 

初心者向けプログラミング講座

ぼくは今、初心者の方にプログラミングを教える活動をしています。

プログラミングスキルを教えることで、豊かな人生をおくっていただくのがぼくの一番の目的です。

 

utina.yoshitokamizato.com

 

時には、女子高生の方からの依頼もあって、ちょっといい思いをしていたりもします。

 

utina.yoshitokamizato.com

 

このプログラミング講座は、これからもどんどん件数を増やして大きなビジネスにしたいと考えています。

 

ブログ運営

ブログでは、主に商品を紹介してその紹介料をいただく「アフィリエイト」というビジネスを行っています。

現在、ぼくのブログは安定して月30000回以上の観覧数があり、月に大体10万円くらいの収益を上げています。

 

これは、本業の収入にプラスして入ってくるお金なので、家計的にはすごく助かっています。

月に10万円くらいの収入があるだけで、生活はだいぶ楽になりました。

 

ここまで来るのに半年かかりました。

たしかに、かなりの労力を要しました。

 

それでも、ブログ運営は本業と並行してできるビジネスで、継続すれば結果が出るものなので、コツコツとやってきて本当に良かったなと感じています。

 

プログラミングとブログを始めたきっかけ

プログラミングやブログを始めたのは、父の自殺がきっかけです。

そのことがあってから、親孝行についてよく考えるようになりました。

 

今は、残った母親と一緒にいる時間を少しでも長くできるようにプログラミング学習とブログに力を入れています。

エンジニア兼ブロガーとして独立することが、ぼくの当面の目標です。

 

ここからは、あまり明るい話ではないのですが、父が亡くなってから現在に至るまでの流れをお話ししたいと思います。

 

両親の離婚

ぼくの両親は、あまり仲が良くありませんでした。

なぜなら、父が母へモラルハラスメントをしていたからです。

そして、それが原因で2015年の3月に両親は離婚をしました。

 

「いつ離婚をしてもおかしくない」

 

昔から覚悟はしていたつもりでした。

でも、いざ離婚となるとやっぱりショックは隠しきれませんでした。

母から電話で離婚を告げられた時は、不意に泣いてしまったのを覚えています。

 

そして、父と母は別々に暮らすようになりました。

しかし、モラハラでずっと嫌がらせをしていたにもかかわらず、父は母への思いを捨てられなかったようです。

そして、離婚のショックで自殺をしてしまいました。

 

父との最後の会話

亡くなる前日、ぼくは父と昼ご飯を食べました。

父は、あまり元気がなく、ほとんど会話をしませんでした。

 

そのあと、ぼくは友達の結婚式があるため、ご飯を食べてからすぐに出かけたのです。

その時、父はぼくに声をかけました。

 

「今日は帰ってくるのか?」

 

ぼくは、こう返しました。

 

「今日は遅くなるから、母さんの家に泊まる」

 

そうすると、父は寂しそうにこう言いました。

 

「帰ってきたらいいのに」

 

それでもぼくは、母の家に荷物を置いてあったので、その日は父の家には帰りませんでした。

そして、それが父との最後の会話になったのです。

 

父の亡くなった日

翌日の夜、父の様子を見に行こうと家をたずねました。

時間は22:00です。

 

家に着くと、電気がついていなくて真っ暗でした。

その日、仕事は休みで父は家にいるはずなのに。

 

「あれ?」と思いながらも、ぼくは家の庭に車を止めました。

そうすると、車のライトに照らされて暗闇の中から父の姿が見えました。

 

そのとき、ぼくははっきりと状況を理解することができませんでした。

しかし、車から降りて父に近づいたとき、全てを理解したのです。

 

父は、自殺していました。

 

それから、父を横にしました。

「おい」と声をかけました。

でも、返事はありませんでした。

 

父は、すでに固くなっていました。

 

もう助からないことを悟り、ぼくは救急車ではなく警察を呼びました。

警察の方に、「念のため救急車も呼ぶように」と言われました。

 

そのため、消防署にも電話をしました。

電話している間、ぼくが動揺しないように、向こう側から救急隊の人がずっと話しかけてくれました。

そして、人工呼吸と心臓マッサージをするように指示されました。

 

「もう助からない」

 

そう思いながら、ぼくは一生懸命、救急隊の方の指示通りに行動しました。

そうしないと、とても気が持ちませんでした。

 

消防署の方が家につき、その場で応急処置が行われました。

ですが、やはり助かることはありませんでした。

ぼくの目の前で、父は「死亡した」と判断されました。

 

父が亡くなってから

それからあとは、死ぬほど泣きました。

一生分泣いたんじゃないかと思うくらいに泣きました。

火葬場でボタンを押すときは、声をあげて泣きました。

 

「ごめんね」

 

それしか言葉が出ませんでした。

父が亡くなってから、ぼくは改めて自分の人生を見直しました。

 

「残った母だけでも大切にしよう」

 

それが、ぼくの出した答えでした。

そのため、母といる時間を少しでも長くできるように独立を目指すことにしたのです。

 

そして、いろんな働き方を模索する中で、ぼくはプログラミングとブログに出合いました。

「このスキルを活用すればもっと自由な時間が増える。もっと母といる時間を作ることができる」と。

 

もちろん、独立することが父への償いになるとは全く思いません。

ですが、残った母だけでも大切にできるよう、ぼくは独立することに決めました。

 

それが、今のぼくが思いつく限りで最高の親孝行だから。

 

そのため、現在はフリーランスを目指し、プログラミングとブログに力を入れています。

 

経歴

ここからは、光り輝かないぼくの経歴を振り返っていきます。

 

中学時代

中学時代は、なぜか急にマラソンが速くなり、別に走るのが好きでもないのに駅伝部に入れられ、サッカー部と駅伝部を掛け持ちさせられてました。

 

高校時代

高校時代も引き続きサッカーをやっていました。

沖縄の強い日差しの中、我ながらよく部活を続けることができたなと、昔の自分に感心しております。

 

また、部活だけでなく勉強にも力を入れ、朝は5時に起きて学校へ行く前に勉強をし、夜も部活から帰ってきて勉強するという生活を送っていました。

 

定期テストでは学年で3位になったりしてました。

 

学校内では頭が良かった方ですが、全国レベルの模試では散々な結果でした。

志望校の茨城大学の判定は、もれなく最低評価のE判定。

 

それでもなんとか諦めずに勉強を続けた結果、本番で過去の最高得点を200点近く更新し、奇跡の志望校合格を果たしました。

 

大学時代

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大学時代はサッカーサークルのキャプテンをしていて、ゆる〜くみんなをまとめていました。

それなりに大変な部分もあり、人をまとめることの難しさを思い知らされました。

 

ぐうたらな大学生活の中でも、これはかなりいい経験でした。 

仲間に感謝。

 

大学院時代

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せっかく理学部に入ったのだから、もっと専門性を高めたいと思い大学院へ進学。

研究にバイトに就活にと、わりと忙しい学生生活を送っていました。

 

そして、教授とは仲があまり良ろしくなく、1年生の時にアカデミックハラスメントにあい、大学院を辞めかけたこともありました。

今となってはいい思い出です。(あいつ覚えてろよ)

 

社会人

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某化学メーカー研究開発職として社会人生活をスタートしました。

大学院の頃から研究職を目指していたので、実際に内定が決まった時はすごくうれしかったです。

 

また、大学院での苦しい生活とは打って変わって、社会人になってからは仕事にプライベートにとかなりエンジョイした日々を送っていました。

 

特にはまったのがフットサルです。

社会人になってから、多いときには助っ人として5チームに所属し、毎週のように試合をしていました。笑

 

現在

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そんなこんなで紆余曲折を経て、現在は独立を目指しプログラミングとブログに没頭しています。

そしてうれしいことに、2016年の11月にエンジニアへの転職が決まりました。

 

そのため、2017年の2月からエンジニアとして働く予定です。

独立するためにも、そこで目いっぱい努力し、スキルを上げていく予定です。

 

まとめ

以上がぼくのプロフィールです。

まだまだレベルの低い見習いエンジニアですが、これからどんどんスキルを身につけていきます。

そして一年後には、独立を果たせるようにします。

 

 

これからもプログラミング学習エンジニアの働き方に関して情報発信を頑張っていきますので、もしよかったら気が向いたときにでも当ブログに遊びに来てくださいね。

 

今後も宜しくお願いいたします。(^^)