未経験・アラサー・研究者からプログラマーに転職した神里のプロフィール

 

当ブログは完全未経験からプログラマーを目指す人のためのブログです

 

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はじめまして、元化学系研究者で2つの会社に勤めるプログラマーの神里です。僕は、アラサーの右も左もわからない状態からプログラミングを始め、2年かけてプログラマーになりました。

 

「アラサーでもプログラマーになることができる」

 

それを証明できたことが僕の誇りです。これまでプログラミングに親しんだわけでもなく、IT系に興味があったわけでもありません。そんな僕でも、人生をかけた挑戦を成功させることができました。

 

この記事では、ぼくが当ブログを立ち上げ、プログラマーを目指すようになった理由についてお話しさせていただきます。

 

 

自己紹介

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まずはぼくの自己紹介から。

 

名前:神里 よしと

生年月日:1987年4月10日

出身:沖縄

年齢:30歳

身長:157cm

趣味:フットサル

仕事: プログラマー、プログラミング講師、ブロガー、コンサル業

 

ぼくは、沖縄の名護というど田舎で育ちました。名護の海はこんな感じで、いつも帰省するたびに癒されています。

 

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ここにもめっちゃ写真置いてます(沖縄以外もあるけどね)↓

写真 - Google ドライブ

 

そんな自然が豊かな沖縄で育ったぼくですが、中身だけではなく、

 

顔が濃い

色が黒い

身長が低い

毛深い

 

と、外見も沖縄人の特徴を完璧に揃えています。

 

プログラマーになってから半年後、無事に彼女もでき、今は二人三脚でプログラミングやブログ、Youtubeに取り組んでいます。

 

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旅行も好きで、結構いろんなとこにアクティブに顔出します。

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たまに自分でイベントを企画したりもしています。この前は、ルービー飲みながらRailsの勉強をする「ルービー on Rails」を開催しました。飲みながらもみんな一生懸命でかなり楽しかった!

 

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今の仕事

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ぼくは現在、化学系研究者からプログラマーに転職し、今はベンチャー企業とプログラミングスクールという2つの企業で働いています。

 

また、

 

  • プログラミングレッスン
  • プログラマー転職コンサル
  • ブログコンサル
  • デザインレッスン

 

などを展開し、「ITスキルで人生を豊かにする人」を増やそうとしています。僕の周りにプログラマーやブロガーが増えると、もっと人生楽しくなりそうだなと思ってやってます。

 

プログラミングレッスン

プログラミング初心者は、学習に対するモチベーションはあるものの、どういうふうに学習を進めていけば良いのか全くわかりません。

 

そんな方々の背中を押し、独学でも学んでいけるだけの実力をつけて欲しいと考え、プログラミングレッスンを始めました。

 

受講してくださった方々がプログラミングスキルで豊かな人生をおくっていただくのが、ぼくの一番の喜びです。

 

utina.yoshitokamizato.com

 

 

過去に女子高生の方からの依頼もあって、スキルのおかげでちょっといい思いをしていたりもしてます。笑

 

utina.yoshitokamizato.com

 

ブログ運営

現在、僕がブログで力を入れて売っているのは自身のプログラミングレッスンです。アフィリエイトはほとんどやってません。情報発信を行い、独自のレッスンを通して月に30〜70万程度の売り上げを出しています。

 

現場で学んだスキルをわかりやすく提供できるよう、ブログでの発信にも注力中。読むだけで未経験&アラサーの人達がプログラマーになれるような、そんなブログを目指しています。

 

僕がフリープログラマーを目指す理由

ぼくがフリープログラマーを目指すようになったのは、父の自殺がきっかけです。そのことがあってから、親孝行についてよく考えるようになりました。

 

今は、残った母親と一緒にいる時間を少しでも長くできるよう、独立を目指しています。父が亡くなってから現在に至るまでの経緯は以下の通り。重たい話が嫌いな人は飛ばしてね。

 

両親の離婚

最初のきっかけは両親の離婚。昔から、ぼくの両親はあまり仲が良くありませんでした。それが原因で、2015年の3月に両親は離婚をしたのです。

 

「いつそうなってもおかしくない」

 

昔から覚悟はしていたつもりでした。でも、いざ離婚となるとやっぱりショックは大きかったです。

 

母から電話で離婚を告げられた時は、泣いてしまったのを覚えています。そして離婚後、両親は別々に暮らすようになりました。

 

しかし、父は母への思いを捨てられなかったようです。とても悲しいことですが、離婚からわずか2ヶ月、父はショックで自殺してしまいました。

 

 

父との最後の会話

亡くなる前日、ぼくは父と昼ご飯を食べました。父は、あまり元気がなく、ほとんど会話をしませんでした。

 

そのあと、ぼくは友達の結婚式があるため、ご飯を食べてからすぐに出かけたのです。その時、父はぼくに声をかけました。

 

「今日は帰ってくるのか?」

 

ぼくは、こう返しました。

 

「今日は遅くなるから、母さんの家に泊まる」

 

そうすると、父は寂しそうにこう言いました。

 

「帰ってきたらいいのに、、、、」

 

それでもぼくは、母の家に荷物を置いてあったので、その日は父の家には帰りませんでした。そして、それが父との最後の会話になったのです。

 

父の亡くなった日

翌日の夜、父の様子を見に行こうと家をたずねました。時間は22:00です。

 

家に着くと、電気がついていなくて真っ暗でした。その日、仕事は休みで父は家にいるはずなのに。

 

「あれ?」と思いながらも、ぼくは家の庭に車を止めました。そうすると、車のライトに照らされて暗闇の中から父の姿が見えたのです。

 

父は、自殺していました。それから、父を横にしました。「おい」と声をかけました。でも、返事はありませんでした。父は、すでに固くなっていました。

 

もう助からないことを悟り、ぼくは救急車ではなく警察を呼びました。そうすると、警察の方からは「念のため救急車も呼ぶように」と言われました。

 

その後、消防署にも電話をし、救急車を呼ぶことになりました。電話している間、ぼくが動揺しないように、向こう側から救急隊の人がずっと話しかけてくれたのを覚えています。

 

そのサポートが無かったら、もしかしたらパニックを起こしていたかもしれません。電話に出てくださった救急隊の方からは、人工呼吸と心臓マッサージをするように指示されました。

 

「もう助からない」

 

そう思いながらも、ぼくは救急隊の方の指示通りに行動しました。 それから5分ほどして、消防署の方が家につき、その場で応急処置が行われました。ですが、やはり助かることはありませんでした。ぼくの目の前で、父は「死亡」と判断されたのです。

 

 

父が亡くなってから

それからあとは、死ぬほど泣きました。一生分泣いたんじゃないかと思うくらいに泣きました。火葬場でボタンを押すときは、声をあげて泣きました。

 

「ごめんね」

 

それしか言葉が出ませんでした。父が亡くなってから、ぼくは改めて自分の人生を見直しました。

 

「残った母だけでも大切にしよう」

 

それが、ぼくの出した答えでした。そのため、母といる時間を少しでも長くできるよう、夢だった研究職を辞め、地元の沖縄に帰ることにしたのです。

 

そう決心してからは、色んな働き方を模索しました。その中で、ぼくはプログラミングとブログに出合ったのです。

 

「このスキルを活用すればもっと自由な時間が増える。もっと母といる時間を作ることができる」と。

 

もちろん、地元に帰ることが父への償いになるとは全く思いません。それでも、残った母を大切を大切にすることが重要だと考えました。それが、今のぼくが思いつく最高の親孝行だから。

 

そのため、僕は5年間続けた研究職を辞め、フリープログラマーとして独立を目指し、プログラミングをするようになったのです。

 

プログラマーを目指し始めてから

「プログラマーになる!」と意気込んだは良いものの、右も左もわからない状態からスキルを身につけるのは、正直かなり大変でした。まず、プログラミング言語ではないHTMLやCSSの勉強だけでも四苦八苦。「デザインをするだけでもこんなに大変なのか」と感じたのを覚えています。

 

HTML/CSSの学習開始から1ヶ月経ち、サーバーサイドの言語であるRubyを学び始めました。こちらも、最初はifやfor、while、caseの使い方を覚えるだけで精一杯。プログラマーってこんなに高度なことやってるんだって感動したのを覚えています。世の中のプログラマーマジですごいと思いました。

 

そして、Ruby on Railsの学習を始めようと思ったのですが、その前にまず立ちはだかったのが環境構築という壁。何もわからない状態でそこそこ専門性の高い知識が要求されるので、そこで挫折する初心者は結構多いと思います。僕は自分でできる自信がなかったので、その壁はスクールに通うことで回避しました。

 

スクールで特待生に

Ruby on Railsを独学する自信がなくてスクールに通ったわけですが、そこではかなり勉強頑張りました。なぜなら、受講期間が1ヶ月と限られていたから。

 

平日は4時間以上、休日は6時間以上。これが、スクールに通っていた時の僕の学習時間です。勉強しているときは訳のわからないことが多く混乱するときもありましたが、とにかく前進することを意識しました。わからなくても前進。ひたすら前進。日々前進あるのみです。

 

そんな学習スタイルを繰り返していくうち、だんだんとプログラミングにも慣れ、理解力も上がってきました。オリジナルサービスの開発まではいけなかったけど、なんとかカリキュラムは一通り理解できるように。

 

そして、スクールを卒業してから1ヶ月が経ち、1通のメールがきたのです。「なんだ?」と思って内容を確認したら、「あなたがスクールの特待生に選ばれました」とのことでした。ただがむしゃらに勉強し続けた結果、その進捗具合が認められ、特待生に選ばれたのです。この瞬間、一生懸命勉強して本当によかったと思いました。

 

半年でテスターに転職

スクールを卒業してから半年が経ち、そろそろ現場に入って本格的にプログラマーとして働きたいと思って転職活動をしました。その結果、わずか2週間で転職に成功。アラサー未経験からの挑戦とあってかなり身構えていたら、割とあっさり転職できました。笑

 

ただ、転職した会社はSESでエンジニアの派遣を行う企業。そういう企業にはプログラミング関連であまり良い案件がないことを知らず、1年間をテスターに費やすことになります。もちろん良い経験だったとは思うのですが、いま振り返るとそこまで長居する場所でもなかったなと。これはかなり大きな判断ミスでしたね。

 

プログラミングスクールの講師に

テスターになってから1年後、ちょっとしたきっかけでプログラミングスクールの講師に。そこでJavaをみっちり1ヶ月学び、再度プログラミングの楽しさにのめり込みます。あの頃は、本当に朝から晩までJavaのことを考えてました。自分の実力が爆発的に伸びたのもこの時期。この機会には本当に感謝です。

 

Javaの研修が終了した後、さっそく現場でプログラミングを教えるようになりました。Javaの基礎文法だけでなく、EclipseやSpringなどの開発ツールも教えるようになり、それからだんだんと他の言語へ、、、、。

 

今では、以下の分野を教えられるようになってます。かなり出来ることが増えました。

 

  • Ruby/Ruby on Rails
  • Java/Spring
  • PHP
  • JavaScript
  • HTML/CSS
  • MySQL
  • Oracle
  • Swift/Xcode
  • Excel VBA
  • VB/VBDB
  • C

 

現在は講座開発も任せてもらえるまでになったので、これから価値ある教材を作るため、どんどん仕事をこなしていきます。この経験は絶対今後に活きる。

 

ベンチャー企業からのスカウト

プログラミングスクールの講師になってから1ヶ月後、ベンチャー企業からスカウトをいただくことができました。そして、そのことがきっかけでパラレルワーカーとして働くように。

 

現在では、サーバーサイドはもちろん、フロントエンド、AWSでのサーバー管理、SEOまで、様々な業務を任せていただけるようになっています。ここまで色んなことをさせて頂ける職場はそうそうないので、いまの環境に本当に感謝。自分は運がいいとしか言いようがない。今とっても幸せです。

 

まだまだわからないことは多いのですが、自分なりに楽しみながらプログラマー生活を送ることができています。今振り返っても、プログラマーに転職した自分の判断は間違ってなかった。よくやったぞ俺!!!

 

今の状況

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父が亡くなったことがきっかけで、現在は独立を目指してプログラミングとブログに注力しています。

 

そしてうれしいことに、学習を始めてから2年で2つの会社に勤めるプログラマーになることができました。片方はこれからグングン伸びるであろうベンチャー企業。もう片方は、教育に関して貴重な経験ができるプログラミングスクール。

 

早く独立してリモートで働けるようになるためにも、現場でスキルを浴びるほど吸収していこうと思います。

 

将来の夢

僕が将来やりたいのは、沖縄の働き方を変えることです。なぜなら、沖縄には仕事の選択肢がほとんどないから。僕が親孝行のために沖縄に帰ろうと思ったときも、びっくりするほどやりたいと思える仕事が見つかりませんでした。そのため、場所を選ばず好きな仕事ができるプログラミングに目をつけたんです。

 

プログラミングスキルがあれば、好きな業界で好きな仕事ができる。働く場所も、時間も、労働条件も、全て自分で選べる。もちろん、それが可能になるかどうかは本人次第でしょう。でも、可能性は0ではないんです。それだけで有難い。

 

きっと、田舎に戻りたくても仕事がなくて戻れないという人は多いんじゃないでしょうか?そういう人たちのためにも、僕は沖縄でのリモート勤務を必ず実現させたいと考えています。

 

「仕事は楽しいもの」

 

そう思える社会を地元から作り上げていきます。そのためにまずは僕が実力を磨き、リモートでも十分やっていけるプログラマーになる。それからそのノウハウを生徒さんに伝え、みんなで協力しながらリモートで働き、生活できる環境を整える。

 

僕と関わる人全てが好きな場所で、好きな時に、好きなだけ働いて生活できるようになったら素敵だなと思っています。今、ベンチャー企業に勤めているのも、生徒さんにプログラミングを教えているのも、全ては将来の夢を叶えるための準備。みんなが笑顔で暮らせたら幸せですね。そのために楽しみながら今を頑張ります。

 

まとめ

以上がぼくのプロフィールです。アラサー未経験から無事にプログラマーに転職することができましたが、僕はまだ満足していません。もっともっと力をつけ、地元の沖縄にそのスキルを持って帰ります。そして、沖縄の労働環境を変えます。

 

その過程はこれからもブログで発信していくので、応援していただけると嬉しいです。今後も宜しくお願いいたします。